「夫婦平等」は私の家では、ずっと意識していることでもあります。
家事育児の分担やお金に関してなど、男女関係なくできるところは極力平等にしようと心がけています。
しかし、完全な平等なんて無理です。
なぜなら性差という大きな壁が存在するからです。
なので、最近は「夫婦平等、男女公平」をかなり意識しています。
男女では身体も構造も脳の構造も違うので得手不得手が全然ちがいます。
育児をしていて母親にしかできないことはたくさんあります。
逆に父親だからこそできることもたくさんあります。
昨今、男女平等を目指していろんなところでガーガー言っていますが、これだけ生き物としての構造が違っているのに、本当に平等でいいのかと夫婦生活をしていて感じます。
平等と公平
まず、先に言いたいのは男女差別はよくないということです。これは当然です。
性差を理由にチャンスを奪われたり、人権を侵害されるのはよくないことだと思っています。
「平等」すべて同じ条件で扱う。
「公平」それぞれの状況に合わせて調整する。
差別は良くないということを前置いた上で、すべて本当に男女平等にしてしまっていいのでしょうか。必要なのは公平に考えて、男女が協力することなのではないでしょうか。
少なくとも夫婦関係においては、男女平等より公平を意識しないといけないと、すごく感じるようになりました。
社会では男性基準、家庭では女性基準
そんなことが言われていますが、今は概ね正しいと思います。
社会では、やはり男性基準になってしまっています。逆に家庭での仕事は女性が基準になっている家庭が多いのではないでしょうか。当然、その歴史が長すぎるからです。
そのような基準が出来上がってしまっていて、それを最近、「平等」なんて言葉を使って必死に変えようとしているに過ぎません。
長い歴史がそれぞれの身体構造に合わせた役割で基準を作ってきました。
それを「平等が大切!不平等は許すな!」と無理やり社会や家庭の構造を変えていこうとしています。
本当に平等でいいのでしょうか。
本当にすべて同じ条件にしてしまっていいのでしょうか。こんなに男女で構造が違うのに。
お互いに相手を尊重しながら、配慮しながら、「公平」を作っていくことはできないのでしょうか。
社会でも
そして家庭でも
平等と公平の使い分け
結局、夫婦間においては平等と公平の使い分けが大切だとおもいます。
性差に全く関係ないことに関しては平等に。どうしても性差が出てしまうところに関しては公平に。
夫婦で話し合いながら平等と公平を作るしかありません。
仕事してようが、主婦してようが、どっちも大変。お互いがお互いに感謝して尊重していくしかありません。
「私のほうが大変、あなたは楽している。」
その考えが家庭の平等や公平を壊していくのではないかと、私は考えています。
相手を理解し、性差を理解し、しっかり話し合いをして平等と公平を作りあげていきたいです。

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